といっても、株とかFXとかそういうものではありません。
「人生は投資の繰り返しであり、投資をしなければそこからどうにもなることはできない。投資をしなければそこからうごくことはできない。投資をしないという選択を選んだのであれば、それはそれ。過去それを選んだ、というだけである。投資をするだけのリソースがない運命にあるならば投資ができないというだけのこと。それを神仏に託すのではなく、自ら投資をしていかなければならぬ、あるいは投資をしないとうごかない自分で納得しない限り、人生はいつだって不幸と感じるのである」
最近投資についてのお話がよくおりてきます。
将来のためになにか資格を取るのも投資ですし、好ましいなとおもった相手に時間や労力、お金、意識を使うのも投資。自分の好きなアニメや漫画、ドラマにお金や時間を使うのも投資、友人に会うのもまた投資です。
最近よく耳にする推し活がわかりやすいでしょう。あれも投資です。人がコンテンツに投資をするときには、なにかそれに時間やお金、自分のリソースをなげうつことで、「何か」を得ることを期待するのです。それは快楽だったり、なにかの体験かもしれません。投資したことで得られるものがない、あるいはがっかりするようであれば、人はそこに投資をしなくなります。
逆にいえば、自分や、自分のつくったものに投資をさせたいのであれば、「人が期待するもの」「人が快楽を得られるように」すればなげうってもらいやすいということでもあります。
話しはもどりますが、人間今の現状をかえたいと、そう求める人はたくさんいます。ですが、それに対して、なにも投資をしなければ現状かわりません。あれができない、これが無理、これは・・とするのではなく、投資できるリソースを蓄え、なげうてるようにし、なげうってもリターンがないことも理解して、それでもなげうっていかなければ得られません。
彼氏が欲しい、結婚したい、でも自分の時間や労力を使うのは嫌だ、だから神仏に願いたい。ローコストでなにかしようとする、それは投資でもなんでもない、逃避です。
自分でリスクを含めてつぎ込んでいる、そのうえでこの投資はどうか、というアドバイスであればおりてくるでしょうが、そうでなければ「まず自ら投資してうごきなさい」というのが先です。
自らのものをなげうって、なにかしらのリターンを得ようとする、その人間活動すべて投資だと理解すれば、見えてくるものもあるでしょう。なにかしら見えてきたのであれば、自分のリソースをどうするか、今一度考えてみるのもいいかもしれません。