いつもごらんいただきましてありがとうございます。
神意、というものがあります。
神さまの意思ですが、これを人が気づかない限り、それ以上進むことができません。例えば何かトラブルがあったとします。人間関係のトラブルにおいて
「彼は(彼女は)、私のことをどうおもっているのでしょうか」という質問に対してはその答えが返ってきます。ですが、それはその表面だけの答えでしかありません。
なにか人と衝突したときに、相手の気持ちを考えることも重要ですが、それでは人は同じことの繰り返しです。同じようにトラブルがあったら、「なぜそれが起こったのか」について本来の原因を考えず、相手の気持ちやそれをどうするか、その目先のことだけ考えるとそれはそれで終わってしまいます。
ですが、その原因がどこにあるのか、なぜそれが起こったのか、その根本はなにか、というところまで人間が思考をめぐらすことにより、また一つ深い理由がでてきます。
神さま、というのはその人が求めているレベルでしかお返事をくださいません。
表面上のことを聞いても、表面上のこと。そして表面上のことをいくら聞いても、問題は解決しないのです。
「その原因はなんでしょうか」と聞いても、「その原因を本人もとめておらんものには返さぬ」と口をつぐんでしまいます。
本人がそれ以上の答えを求めていないうえに、それ以上の答えがあることに気が付いていないからです。
なんかイライラするな、なぜ私はいま焦っているのだろう、と漠然とした状態のときにきいても答えは出してくれません。自分で気づいて、「ああ、そういうことか!それならどうすればいいのだろう」とこちらが答えを出すまで決して教えてくれません。それが神様がたの絶対のルールです。なんでも先回りして答えはおしえてくれない。人間が気づくまでじっと待つ。神意を人間が気づいて悟るまで、けっして答えはくれません。わたくしが把握できていないことについては神様は答えをくれないのです。
人は内側にたくさんのものを抱えています。神さま(正邪とわず)、霊、悪意、悪魔だけでなく、因縁も、それ以外のことも抱えています。わたくしが把握できていない「なにか」もかかえていることもあります(最近妖怪の存在を把握しました。本当にいたんですね、あれ)。そして、わたくしが把握できていない「なにか」は祓えないのです。わたくしが経験して、蓄積していないことはできない。
なので、たくさんの人を見ること、たくさんの人を助けることで、わたくしはその「なにか」を把握していくことができます。同じ因縁あるクライアント、たくさんの経験をつませ、どんどん学びなさい、とおっしゃっていただいてるのです。
神さまのお声、お言葉を聞ける方というのは実はたくさんいらっしゃいます。知っているだけでも5人はおります。その方たちすべてが因縁を切れるわけでなく、悪魔を払えるわけではありません。他の方が特化してできることももちろんあります。その方が何を望むかです。人間が、どれだけ「智」を得ているかで、人の因縁一つとっても「把握できること」「その深さ」は変わってきます。どこまで神様を理解しているかによって、その神様から下ろせるご神徳が変わります。
いま、やっとずっと行っていた行が終わり、次の目標に迎えれるようになりました。これからも毎日精進していこうと思います。