求めないほうが得られる理由

投稿者: | 2024年3月12日

大体駆り立てられてなんかしなきゃとやってしまうものというのは
大体まがまがしい運命をつくります。

たとえば先日こういうことがありました。
とある方(男性)が
コインランドリーに行き、冬の毛布やジャケットを洗濯しようとしたときのことです。
ふつうに大型の洗濯機をチョイスして、さて回そうとしたところ
そこにいた清掃のスタッフの方が、
使い方わかる?こっちがいいよ。こっちにしなさいよ。と親切心なのか、他者になにかしたかったかなんらかの衝動にかりたてられ
それによっておばちゃんがぐいぐい毛布を押し込み、ボタンまでおしてしまいました。
一度おすともうおわるまでその機種はあきません。
こちらは毛布やジャケットのポケットやらをチェックして、機種を選んで・・としようとしたところ、
おばちゃんの親切によって、ポケットの中のペンごとまわってしまったわけです。それによってジャケットはインク染みがついてしまい、
おばちゃんは自らの衝動によって、クレームをうけてしまったわけです。

おばちゃん本人の中では
「男の人はコインランドリーなんて詳しくないだろう」
「やってあげなくては」
「この機種だと得なのだからそっちがいい。得になったらお客さんもうれしいだろうし、感謝されるだろう」
いろんな衝動にかりたてられての行為だったかもしれません。
よかれとおもったことですら、何かしらの原因になるわけです。
もしこれでおばちゃんの中に衝動がなかったらどうですか。

お客さんにきかれたらやってあげればよいでしょうし、なにかしらトラブルがあっても、お客さんが確認してなかったと
原因はお客さん側に帰結します。

無理になにかしら、評価をもとめたり、感謝をもとめたり、他人の役に無理やりたとう、それで喜びを得ようとしなくても、他者から求められた仕事や役割をただ淡々と為すだけで、人は十分ことたります。

だいたい「人間のたましい」がたくさんあれば、
それを欲してみんな無意識でなにかとこちらの役に立とうとしてきます。
なにもしなくても大体なにかしらやってくれる人いるでしょう。それです。
魂がなければ、そもそも妖怪に近くなっていきますから、人はあまりちかよりたくもなくなります。
だからこそ、陰徳つんで、なにも求めない人のほうが「無意識に人は何かをして役にたちたくなる」わけです。

そうなると、よく聞かれるのは「結婚したい。なのに求めるなというのはどうすればいいかわからない」などの「やりたいこと」と「もとめないこと」の両立ですが、

衝動で求めないことです。結婚したいなら「結婚したい人の集まるところにいき」「相手と直接お話をしたり、交流をし」「お互いがいると便利だな」という人をただ選べばいいだけです。仕事もそうです。「仕事があるところにいき」「相手と直接お話をし」「お互い便利だな」というところで妥結すればいいだけです。ここに、求める心や衝動があれば苦しみが増し、ことを楽にできなくなります。

結論として、衝動や心は自ら外していき、魂を増やして運命をつくる。ただそれだけのシンプルなことなのです。